雪之亟誕生—
中村雪之亟(なかむらゆきのじょう)という名は、大衆文学の寵児といわれた三上於菟吉(みかみ おときち)(昭和十九年二月七日歿)が、昭和九年(1935年)十一月から翌年八月まで東西の朝日新聞夕刊に執筆し、満天下の読者を沸かして大いに洛陽の紙価を高めた、時代小説「雪之亟変化(ゆきのじょうへんげ)」の主人公のことで、女みたいに美しく、しかも学有り剣も免許皆伝の歌舞伎の女形役者である。
この度、東宝演劇部の知人を介して、むらさき・うさぎさんという女形から、初代雪之亟の名は永遠に原作の中に生き続けていることを尊重するゆえ、若名として是非二代目中村雪之亟を名乗らせて欲しいと言って来られたので、関係者とも話し合って了承した次第である。
ところで余談であるが、富士山麓の富士霊園内にある「文学者の墓」には、菊池寛・吉川英治氏等多くの物故作家の方々と一緒に、記念のため三上於菟吉と、その伴侶だった女流作家 長谷川時雨(はせがわ しぐれ)の遺品を納め、それぞれ筆名・歿年月日・享年と共に代表的作品名一つを刻記してあるが、三上のところには当然「雪之亟変化」の名が後世に残るようにしてある。こゝに新しく生まれた二代目中村雪之亟氏も、先輩諸優に負けないような新時代の女形として研鑽して、後世に名を残して欲しいと望むのは、私のみならず地下に眠る原作者の願いでもあろう。
昭和四十七年七月 吉日
長谷川 仁(随筆家・時雨女史長男)
(襲名公演のプログラムより)